坪能 克裕 公式ウェブサイト Ⅲ(2001〜)

Katsuhiro Tsubonou Official Website. Act 2001~

喪中のお知らせ

 以前お知らせしましたが、今夏義弟を亡くしました。年末年始の挨拶を遠慮します。

毎年、身内だけでなく、恩師や親友、お世話になった先輩など、続々とお別れする機会が多くなりました。気持ちは毎年「喪中」になってしまうようです。

 本ページにご訪問くださったみなさまのご多幸を、お祈りします。

文化会館のこれから

 昔、文化施設で活躍する人材は、地元のおばちゃんでもあった。地域の人びとの顔も知っていて、文化会館の運営者とも連携プレーができて、それで事業を展開させるのに不自由が無かったからだ。

 「アートマネジメントの就職先に文化会館? 専門科目を修めていても、必要なことはおばちゃんで済む。それでも就職したいなら地方公務員の試験に合格して来るんだな」という文化施設長の意見があった。その試験に合格する力があって、公務員の人事異動で配置されるひとの方が役立つ」ということだった。

 大学でアートマネジメント学科をつくる話がたくさんあった。私も相談を受けて誘われた。しかし学科の内容が珍しく、魅力的でも、出口(就職先)が乏しいのが問題で、結局私の相談相手では創設にまでは至らなかった。

 現在では十分人材もプログラムも満たされている。相変わらずの一流演奏家(各種有名タレント)の「買い物企画」が多い。地元の文化芸術の未来を背負う人材育成が乏しい。しかし、人材育成が必要な声は弱いので、一流の招聘プログラムで十分なのだと思われる。

 それよりも「施設の老朽化」が問題になっている。修理か、再建築か、新築か、その資金も大変で、ソフトの充実どころでは無くなっているのが現状だ。

 私のお手伝いはソフトの部分だけで、ハードな問題はとても意見を言えるものではない。私の役割は終わっている。

 老朽化した施設を持つ公立文化施設の、地域に於ける新たな展開は生易しいことではない。新たな文化芸術の未来を楽しみにしている。 

チルドレン考

 国会の「チルドレン議員」が話題になった頃、私にもチルドレン(弟子)を増やすよう後輩の仲間に言われたことがあった。仲間が増えることは力になる。国会議員を見てもそうだ。数の力はすごいものがある。個は余程の力が無い限り阻害される。だから仲間づくりをするように、という暖かな意見だった。

 人は邑を作ることが好きだ。邑づくりは仲間外れも同時に可能になる。個々の人びとが必要な時に自在に加わり、それぞれの持つ能力を発揮し合える、そしてまた他のグループとも生かし合えることが私は好きで、邑づくりをする人が嫌いだった。今でも嫌いだ!

文化事業で、全国のネットワークをつくることが推奨された時があった。以前にも記したが、使い方によってネットワークは仲間外れを生むこともあるから、私は嫌な話だと思っていた。みんなに声を掛けて必要な時に必要なひとが結びつくだけで十分だと思っていたが、少々勝手な理想を描いていただけのようだった。

 子どもの頃、新しい村に住んでいたので、旧村の子どもの仲間と仲良くしたかった。子どもの誰もがやっていることで、遊んでいるグループに弟と共に「まぜて(あそぼうの意)」と呼びかける。大体の場合「いいよ」と誘ってくれる。ところが「やだよ」と言われてしまう。何も悪いことや感じの悪いことはしていなかったが、どの村に行っても断られた。邑外れの第一歩だった。

 ひとは多くの人びとの知恵の恩恵や善意や支えによって生きている。一人では生きられないことも私は当然知っている。しかし子どもの頃の体験で、ひとは必要に応じて結びつき、何かを生み出し、役割が終わったらまた一人になることも大切だ、という考えが身についてしまったようだ。

「音楽づくり」も同じかも知れない。

作品・資料の整理

 自作原譜で不要なものと、音楽の資料・図書などを整理し始めた。
 これがなかなか捗らない。音楽の資料のうち、私が関係する音楽会や自作の一般発売された本やレコード、原稿など、どれも苦労が詰まっていて、つい手が止まってしまうからだ。凄い数の著書にもなったが、全て「過去のもの」なのだと思った。大切な資料は誰かが何処かで残しておいてくれるかも知れない、と思いつつ紐で縛っていった。

 楽譜がこれまた凄い量になっていた。  NHK-TVや映画の劇音楽から、アニメ、子どもの歌、合唱、オーケストラ、電子音楽などの図形楽譜まで、部屋一杯に高く積み上げることが出来た。作品によっては“お宝”として値が付けられるようなこともあるだろうが、一回使ったママの音楽は二束三文だと思っている。これも捨てることにした。

 全国の公立文化施設と創りあった資料の数々は、その当時の努力の成果でもあり、捨てがたいものがあった。しかし文化事業は世の動向と同じで、数年前の資料は古くなっていて、個人の勝手な思い出アルバムでしか無いものだと思う。この資料も積み上げると背丈より高くなってしまう。資源ゴミとしても多量だ。感傷に浸っているほど文化事業はゆったりとした時間を過ごしているわけでは無い。生きている企画・制作は凄いスピードで過去のものにされて行く。いつの時代も、生まれてくる、生きている文化事業が一番素敵なのだと思っている。

音楽の深さ

 音楽の深さは私たちにとって底知れぬ力があることは万人の知るところです。 
 音楽は知識があろうとなかろうと、その人の全人格が受け入れて感動させてくれる。

 私の音楽の師が教えてくださった例ですごいと思ったことは、何も音楽の知識がないひとでも感動を伝え、楽書に通じたひと、音楽表現に通じたひとそれぞれのグレードにあった指導をしてくださっていたことだった。

 作曲を志ざし、勉強をする過程で次々に解って行くことがあった。楽譜をやっと読めた頃とは違う感動があった。そして自分も作曲し、演奏するようになった時は、同一曲を聴いても以前とも違う感動が生まれてきた。昔の理解は何だったのか恥ずかしくなった。

 その後多数の楽曲や、現代曲の難解な楽譜を見ても解る世界があって、作曲者が何を考えて、どんなテクニックを使っているかも解ってきた。だから全体で何を描いて、細部展開させる実力も聴こえてきたように思った。そして「これは何だ!」と驚くような世界を展開させている音楽に出会うこともあった。それこそ「天才」の表現する世界だったと感じた。クラシック音楽を例にとっても、残って来ている音楽の全てでそう感じる。

 何も知らないで聴いていた時代の良さもあったし、良く勉強した時代に感じた喜びもあったが、それらの経験を重ねた結果、自分と天才諸氏の力の差に愕然とし「何だ、音楽の何かも知らないで生きて来たんだ」という思いだけが残った。

歌声天国

 歌声が美しいひとは、数億円の財産を持っているに等しい。ヴァイオリン一丁が数億円するのに、自分の体の一部が楽器になっている、というだけでも素晴らしいのに・・・

 その声の集団、合唱に魅力は誰でも体験ができる音楽宇宙だ。管弦楽、吹奏楽も同じだが、声だけでハルモニアに浸れるのは、素晴らしいことに誰も異論を唱えない。

 合唱の全国コンクールの審査員を受けたことがある。どの団体も優劣がつかない程の素晴らしさがあった。

 後日、主催連盟の雑誌担当者から対談のお誘いをいただいた。「みなさん褒めちぎる話ばかりなので、悪いところを指摘してください」という依頼趣旨だった。調子に乗って問題を指摘した。それはコンクール批判とも共通した。つまり「誰(何処より)も、私たちが優れて、美しいでしょう」という評価は大切だが、それより地域文化振興の大きな役割が一杯ある」という問題指摘だった。美人コンテストや、有名コンクールでの勝ち抜きが大いなる評価を下し、その積み重ねが多くのファンや音楽的な財産を生み出していく、ということは方法論の一つだし、価値観を高める指標にもなっているし、悪いことでは無いが「誰よりも綺麗?!」という評価よりも、音楽の持っている力と自分たちの努力している力を合わせて、社会貢献することに意義があるのではないか? という提言がいいと思っての発言だった。悪口だけが助長され、地域文化振興の大切さまでは伝わらなかった。女声団体など、地元での国際交流など、歌や音楽の創造的活動で、幾らでも多くの人びとと共に成果を上げられるはずだと思っていた・・・その後コンクールとは合唱に限らず縁遠くなってしまった。

 有名コンクール出身の音楽活動だけでなく、音楽の持つ力を様ざまな活動にして成果を上げている人びとの実績、その凡例などの広報がこれからの社会に必要とされていると思われます。

学校から社会へ

 「音楽づくり」が小学校の音楽の時間に入ってから随分経った。その前の「つくって表現」の導入からすると、数十年経たことになる。

 子どもがメロディーをつくることや、効果音のような音世界をつくる試みは、これまでにもあったが、音楽の構造を理解して子どもたちの考えでつくり表現することは難しく、やっと音楽をつくる本質を体験することが叶ったようだ。

 子どもは斬新な、現代の音楽情報に詳しいわけではない。そこは授業で学び、サンプルとして先生から音楽がどうつくられているか学ぶ必要がある。その情報を基に自分たちで考えて、つくり、表現するには大変だ。決められた時間内に体験させるには指導案通りの「シナリオ」だって必要だ。学校ではその「導入」だけでも意義がある。それを作品と呼べるまでに育成するには、小学校の授業時間だけでは無理がある。校門を出た後の成果になるはずだが、その環境は殆どない。ブラスバンドや合唱が社会で拡がっていくことから比べると、音楽のオリジナルをつくり合う楽しみは拡がっていない。

 それを拡げるのが社会教育の広場だろうが、その指導者もいないから校門を出ないでいる。音楽大学はその指導・育成も必要とされているのだが、教員側にそのノウハウが無いし、コンクール成績を持ったステージの上から音楽を広げる技術が主となって育った人びとには、音楽をつくることの手立てさえ持っていないのが現状だから創作には期待薄になってしまう。

 私は30年以上もその手立てを音楽大学が持つ必要性をコトあるごとに仲間や大学に提言してきたが、私の代では成果が出なかった。今その芽は出てきているので、これからの先生がたに期待するしか無い。

 音大が生き残るのは、そういった社会で活躍できる人材の育成だが、ステージの上から人びとに語りかけるのをよしとする体質は、そう簡単には抜けないだろう。音大卒業生の生き残ることは社会での創造的な活動も必須条件となっていくだろう。   

トガトンはメロディー楽器

 フィリピンの民族楽器・トガトンは小学校の音楽の授業でも活用されている竹の楽器です。
 硬い地面(コンクリなど)の上や、石で竹筒の底を打つと、1メートル以上ある太くて大きな竹筒や、30~40センチの竹筒から誰でも簡単に美しい音を生み出すことが出来る優れた楽器なのです。
 参加者が8呼間(6呼間でもいい)の何処で1回打つかなどのパターンを繰り返すことの応用から、結構複雑な音楽を生み出すことが出来るのです。
そこでトガトンを打楽器のアンサンブルと考える人が多いのですが、実は「メロディー楽器」で、打楽器的な表現が優先されているわけではないのです。この楽器の面白さはメロディーをみんなで生み出せるところが素晴らしいのです。
人は一つか(両手を使うと)二つの音しか、一つのトガトンからは音が出せません。しかし、そこにはビートがあり、仲間の音と重なる響きがあって、単音でも仲間とメロディーを紡ぎあって歌い始めることができるのです。ピアノやフルートとも共通するメロディー楽器になっているのです。そこを聴き出せるかどうかが、音楽づくりの核心部なのですが・・・

 文化会館での社会的な音楽活動でも応用が可能で、素晴らしい音楽づくりや仲間づくりができるはずでしたが、その指導を託すひとも、参加される人びとも、メロディーが聴き取れないでいました。だから全国の何処かで「トガトン楽団」やアンサンブルを楽しむチームが生まれなかったようです。
説明し、実演し、実際に私も加わって演奏して楽しんでもらっても、次にはつながらない世界でした。これから私が再度その種のワークショップを展開して、多くの人びとに楽しんでもらえると宜しいのでしょうが、もう私の役目は終わったようです。竹に限らず、大自然に鳴り響く様ざまな音たちが自然に歌っている世界を、他人と共有するよりも、黙って聴いていた方がいい、というのが私への天の声だったようです。

コン・コン/シリーズ

 私の作曲家の原点にある二つの作品シリーズを記しておきます。多分誰も二度と公開の場で聴くことは無いと思われますが、私にとっては重要な作品だからです。
 コンステレーション(=星座符。30本のクラリネット群のために、100本の木管群・打楽器群・コントラバス群のために、その後吹奏楽や合唱版でも半世紀前に公演)と、コンベンション(オカリナのための)の、コン・コン/シリーズです。

 二つに共通する音楽は即興性です。聴き合いながら響きを生み出し、個の音と仲間の音との響き合い・歌い合いを個々通し、全体世界に浸る音楽になっていました。それは個々の星の輝きを認識し合い、満点の星の生命との交流の広場に向かい、演奏者はゆっくりと歩みながら演奏を楽しみました。

 コンベンションでは、遠くから聞こえる音たちへの反応で、次第に人々は集まり、即興で会話し、やがて遠くに去って静寂が戻る、という構造になっています。
 それだけの説明で、子どもたちは奇想天外な世界を描いてくれます・・・天から星が降るような響きが、小鳥たちの会話になり、仲間が仲間を呼んで喧々轟々とした集会になり、自然に歌われる讃歌になり、喜怒哀楽の呼びかけを生み出したりしていました。
 町の子どもたちや大人たちも緩やかで大きな輪のルールで千変万花を表現していました。
 問題は学校の授業での展開や、授業の名人の「指導案」に沿った先生がたの展開でした。授業の名人であればあるほど、自身の設計通りに仕上げてしまうことでした。限られた時間や人数、予算などを考慮して、指導者の図面通りに仕上げてしまいます。だから「みんな私がつくってやった」という自慢を吹聴することになってしまうのです。その失敗は何度も起こり、これらを今後再演する意欲を失ってしまいました。故に、幻の星たちの集会、となった次第です。

コミュニケーターの失速

コミュニケーターとは人びととのコミュニケーションを図れるひとのことです。
 音楽では、歌えるひとがその役を担うと大きな力になります。半世紀前には公園で歌って、参加者とも歌って、常に新たなコミュニケーションを生み出す人も現れましたが、そのような人財がたくさん生まれることはありませんでした。

 4〜5人でもいい、集まっている人びとと一緒に歌って、参加者の歌声を聴いて、もちろん自分の十八番(おはこ)も披露して、十分か二十分でもいい、歌うことで心の共有をみんなで楽しんでください、と簡単なお願いを歌い手(歌の専門家)にしても難しいことでした。広場の意識が少なく、ミニ・コンサート(リサイタルなど)の意識になってしまうようでした。そんな社会の現場で音楽により、人びとをサポートする授業など大学では無かったのです。ですから幾らサンプルを示しても、コンセプトの大切さ、楽しさを話しても、理解するコンテンツが誰も持っていなかったようです。
 説明の仕方、ワークショップの例、音楽を形づくる仕組みなど、何度も努力してみましたが、私の力では成果が上がりませんでした。限界を意味していて、世代交代も必要なのでしょう。

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