七面六臂という言葉がある。作曲の活躍でも言える話だ。とにかく、ドラマの付帯音楽を同時に数本、発表から出版に向けた合唱作品が数本同時に、現代音楽の器楽曲、オーケストラ作品、ミュージカルなど、続々と発表していた作曲家がいた。

 これも一つの才能だ。「引き出し」が幾つもあって、注文やジャンルに合わせて多量に発表し続けることができる・・・同じ机で書いていたら混乱する話を「七つの机」と評して賛辞の意で雑誌に書いた。

 ある時電話のベルが鳴った。当の作曲家からだった。「オマエ、何をデタラメなことを書くンだ」と、エライ剣幕だった。ところが悪気がない話なので「何が?どうして?」と怒鳴り声と噛み合わない話で時間が過ぎた。ケロッとした返答に愛想がついた声を出して電話は切れた。きっと机など七つもなく、それが嘘に思え、チャカされたと思ったのかもしれない。それくらい文章は読み手によって変わってしまうようで怖いと思った。

 その昔、劇版(ドラマの劇音楽)で、氏の書いた音楽に注文をつけたことがあった。これも氏の音楽に関心があったことと、意見を言うことによるコミュニケーションの意味があったが、その後何回も面白可笑しく公の場で宣伝されてしまった。具申というものは然程難しいものだと思った。