これまで私は全国で多数の公立文化施設に伺ってきた。視察や支援名目が主だったが、日本には文化施設とともにある素晴らしい文化都市の多さに勉強させられた。支援・助言が必要で招かれる施設は、問題があるから、困っているから呼ばれるのだが、既にある自慢すべき地域の文化財を再考すると、どの町も輝くようなプログラムが創出されていった。そう、助成金が乏しい、町の予算が縮小された、人材不足といっても、文化会館職員だけでなく町の人びとの文化的なパワーが強いところは町が輝いているのです。

 少し前までは「プロモート」が多かったようだ。プログラム例をカタログで見て電話で注文し、後はチケットを売る仕事だ。資金さえあれば誰でも出来る仕事だった。今は文化会館のオリジナル・プログラムや地元の市民文化育成、多種多様な文化交流事業と拡がっていった。プロの音楽団体まで育っているところや施設外の事業も盛んなプログラムで活気があり成果を上げている町が多くなったのは事実だろう。

 税収が少なくなった?助成金がカットされた?人員整理されていく?新型コロナの災害に勝てるのは、文化会館が市民と財産を築いてきたかどうか、有名タレントの招聘プログラムだけでない市民との文化的体力が付いたかどうかにかかっているようだ。しかし首長の一言で変わってしまう文化都市もあることは事実だ。私も文化会館の職員と一緒になって、これなら市民の賛同を得て拡がって行く!と思った矢先に「今年度一杯で閉館!」という宣言を受けたこともあった。私の力量不足とそこに至るまでの自然な住民の文化パワーが集約出来てなかったことがあって、もったいなかった事例の一つだろう。

 自給自足に町のパワーがないと、外からの買い物文化は「文化の消費」になってしまうことが多い。どんな貧弱な種でも「創造としての文化」を持っていないと海外とも互角の文化交流は出来ていないことになると私は思っている。