以前本ブログで、名村 宏作詞の合唱曲「蝶の谷」の話を書いた。その続編というわけではないが、ピアノ曲で「白蝶の湖」という曲があった。白蝶は美の化身であるという物語もあるが、おとぎ話に意味があるのではなく、変奏する姿(音楽)に意味があった。しかし日の目を見ないでとうとうオクラになったママになっている。
それだけではない。三絃の独奏曲で、言葉あそびのテキストを語り弾きする音楽で、シャレも含んでいて私は大いに気に入っていたが、演奏家は嫌ったママでいる。
言葉あそびを伝統的な奏法の演奏でシャーシャーと歌い上げ演じると面白いのだが、演奏家の誰もが賛同しなかったことになった。
合唱曲で低音の唸り声から始まる奇妙な世界を描いたことがあった。唸り声と叫び声から広がる音世界は斬新な表現で私はすっかり気に入っていたが、声楽を学んだ人びとにはヒンシュクだった。結局誰もステージには乗せてくれなかった・・・結構私が納得した音楽でボツになったモノが多いという話だ。
ボツ作品だけでリサイタルをやったら私も聴者も大満足だと思うが、その道の達人諸氏に受け入れてもらえない音楽は、やはり日の目を見ないことに意味があるのかもしれないとも思っている。