坪能 克裕 公式ウェブサイト Ⅲ(2001〜)

Katsuhiro Tsubonou Official Website. Act 2001~

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作物ドロボー

 実りの秋だ。農作物・果物、漁業の養殖から遠洋漁業の冷凍品まで、様ざまな生産物の取り入れが始まったが、いつの時代も、どの地域でも、その丹精込めた成果物を盗むヤツがいる。最近では牛や豚など、大型動物の盗人までいる。

 盗むヤツの神経は分からない。しかし盗まれた人びとの悔しさと苦渋だけは分かる。私も子どもの頃から何度も経験した。

 一回目は穀物を盗まれた。獲れた日の夜にベランダに置いてあったものを全部盗まれた。その後警報ブザーを付けて穀物を保管したが、鳴ったことはなかった。

 朝、鶏が鳴かない。鶏舎に行ってみると一羽もいなかった。一晩で全部盗んだヤツがいた。随分経ってから若い男が捕まって、現場検証に来たが、何百羽も盗まれたたショックは大きく、父は養鶏を辞めてしまった。我が家に犬はいたが一回も吠えなかった。

 栗やスイカも被害にあった。子どもがイタズラで一個盗むのとは違う。毎日消毒し、枝を剪定し、肥料をやっては、熟成を待つ日々の最後に盗まれる・・・

悔しさは筆舌に尽くしがたい。子ども時代のこの感覚は絶対に抜けないでいる。

学校と文化会館

 学校は教育の場だから「教育プログラムを持っている」という言葉は相応しくない。一方、文化施設は教育機関ではないから、その言葉は越権行為になることもある。当然次世代の育成を考えてだが、大きな違いがある。

 学校は「教育」としてカリキュラムが組まれている。だから手順や教材も決められている。一方文化施設は学校でないから、参加者を教育として指導することはない。多くの場合は「サーヴィス・プログラム」である。一回つまらなかったら来なくなるから、面白く、可笑しく、楽しく遊ぶスペースになっている。そこに成果を求めるというよりは、音楽が好きになってくれた、文化会館のステージ企画に来てくれた、というポイントが優先される。

 学校と社会が連動して、文化芸術が教育というニオイから外れて、連続する活動から質が高くなっていく、というプログラムはなかなかできないでいる。

そこに学校と社会との垣根を超えて文化芸術が深く理解・応用ができればいいのだが、様ざまな価値観や生活感を持っているだけに、その活動に筋が入った連続性は望めないでいる。

 簡単な話し、社会の芸術プログラムは、教育・メディア・音楽・(時には)子どもの専門家がブレーンとなって挑戦し続ける必要があるのだが、なかなかそこに到達していない。これからの時代に自然と組み込まれていくだろうし、私はそれを期待している。

子どもの企画 ②

 邦楽器のアンサンブルと、ミュージカル、物語が加わったステージを時々拝見することがあった。企画・制作・演出に、出演者の誰もが「子どものために」一生懸命な成果を披露している。

 その大人たちだって子ども時代があったはずだから、子どもが何を理解して、楽しみにするかは承知のはずだ。

 ところがステージをつくる大人たちは、子ども時代を、子どもの感性を忘れたような、自分たちが信じる「優れた芸術を提供」していると思われる上から目線のプログラムになっていることが多く、今更ながら驚かされてしまう。

 邦楽の場合、どこまでもお師匠さんと弟子であって、音楽を楽しむ友だちではないのが不思議だ。そして「いいことをしている」という自負心が残るから、この種のプログラムは半世紀も進歩がない。

 方楽器の演奏に合わせてダンスとミュージカルの歌声やセリフなど、異種格闘技のようなステージが悪いのではない。いいものを集めたらいいものになるという安易な制作が問題なのだ。こどもがふくらませる世界と遊離していることへのチェックがないことが問題なのだ。そしてこの感覚はまだまだ続いていく。

子どもの企画 ①

 音楽会場で子どもの音楽企画を私が鑑賞する時には、必ず見聞する位置がある。招待席のような正面ではない。前の方の両サイドか、二階以上の席でも(あれば)サイドの席だ。どちらかというと安い席かもしれない。横から後方の席が無理なく見渡せる席がいい。理由は子どもの反応や顔が見えるからだ。

 演奏会や演目によっては、子供が身じろぎもしないで、まるで魂を奪われたように見聞きている演奏会もある。バレエなどでも、友だちが出ていたりすると、身近に感じて楽しんでいるようにもなる。楽しいと、またウケたりすると、ワッと湧き上がり、頭が左右に動く。隣に座っている親の顔や、他の仲間(子どもたち)の反応も気になるが、何よりもステージと一帯になっているからだ。

 いかに子どもの企画だといっても、飽きるとすぐに頭がグラグラ揺れ動くようになる。落ち着かない仕草が出ると、ステージとの接点は希薄になる。必ず親がお行儀を理由に説得する光景が出てくるからすぐに分かる。

偉そうな声

 誰の声でも千変万化だ。環境や感情に溶け込んで、誰もが役者になれるのだ。

 エラソ~な声を出す人がいる。必ずピッチが低くなっている。押し殺した声にも思えるが、エラソ~、エラソ~と首の後ろの筋肉を硬めにして話している時がそれだ。ピッチを高くして威張ったら「喜劇」の場になる。女性でも低くなる。女性大臣が偉そうにしゃべる時は、必ずピッチが低くなっている。感情の起伏がある時は次第に高くなり、快楽の絶頂時はA(ドレミのラ)の音近辺で、それ以上の高さは悲鳴になる。

 疑っている声、ウソをついている声、敬虔な思いで話す時、怒りに震えている時、緊張感がまるでない時、説教する時、悲しみの時、人をバカにしている時、感動して出す声・・・声だけ聞いていても、人々の心の動きはしっかり聞き取れる。いや、そのくらい日常的に百面相ならぬ、百面声を人々びとに発している。誰もが「名優」だと言われる所以である。

催眠声質

 公的な演奏会のステージに、私は実演者として何回か立ったことがあった。  乱数表の数字を淡々と朗読する役目だった。
 終演後に外国人を含む音楽や声の専門家数名から、私の声について批評をいただいた。「声に催眠効果がある」という印象を持ったそうだ。

 それを聞いて私は多くの人びとを眠らせるコツを覚えた。滑舌が良くても読経のように淡々と読み、時々抑揚を加える。すると多くの人びとは目をこすり、眠らないような努力をし始める。疲れているひとは頭がガクッと落ちる・・・
 催眠療法や、マインドコントロールに近いかもしれないが、そこから先は工夫しなかった。何だか話すと眠られてしまうのも残念だったからだ。しかしこれは私だけの特性ではなさそうだ。心地良いビートと音程に多少の抑揚を付けて淡々と話し続けると多くの人びとを眠りの世界に誘うことができるようだ。
 反対に眠らせないのは、そういう音や響きを作らないことだが、一番は話の内容によるところであるというのは当然だ。

七変化と顔音痴

 主役が変装する映画があった。七変化、七つの顔、黒頭巾など、主役が多種多様な変装をして活躍する物語だ。子どもの時は、その変装が誰にもバレないのだと思っていた。少なくとも私には少し化粧だけでも変えられると別のひとに見えたのだ・・・それを顔音痴ということに大人になってから気がついた。

 顔を覚える、名前を覚える、直ぐに覚えて忘れない、それを間違えない・・・コミュニケーションの基本だ。友だちになる第一歩だ。警察官だけでなく、接客商売のひと、先生業には欠かせない能力だ。それが欠けているひとの苦労は大変だ。特徴をつかむことができないひとは絵の写生も怪しいことがある。絶対間違えないと思って声を掛けて恥をかいたことが重なると、知っているひとと顔を合わせても数秒確認の間が生じてしまう。

 絶対忘れないようにするには、そのひとの出している音を記憶する以外手がない。まるで野生の動物だ。それでも、待ち合わせの場所で顔が分からないでウロウロして相手に嫌な思いをさせてしまうことが何度もあった。

 方向音痴のひとは結構いるが、笑い話で終わることが多い。しかし対面で相手を判別する能力に間があると、友達としての信用を失うことになる。顔に興味が無いわけではないのに、ピントが外れた能力は何年経っても修復ができないできた。

一生の即死回数

 切られて死んだの 五万回~ という歌があった。チャンバラの、切られ役の歌の意もあったが、実際は私を含む仲間たちにも当てはまる歌だ。

 剣術遣いは死と向き合っている。相手の技量も読めずに剣を抜いたら、一瞬のうちに殺されてしまう。体育会系の勝負は、見合った瞬間に勝敗が分かってしまう。やってみなければ、と呑気なひとには命が幾つあっても足りない。

 文科系の世界でも、議論で即死を迎える人がいる。技量が無いだけでなく、資料や勉強不足、相手との間合いや急所を捉えることと、相手のそこへの攻撃で葬り去られることが良くある。剣を持たないでも、言葉だけで即死になることが一生の内に何度もあるようだ。

 いらんことを言い、タイミングや言葉選びを間違えると、場外退去となる。取り返しのつかない場面が一杯持ったままの老人もいる。

 アイツはダメだ、いらんことを言っている、もう殺されている、と五万回も言われて生き長らえたのは、私だけではなさそうだ。

 剣や鉄砲を持ち出さない生き方だが、それでも生きて来られたことは、人びとに対して畏敬の念や感謝を持って生きていないと、もっと酷いことになるということだろう。

学校の音楽・校門から入出

 音楽、校門を出でず、という言葉があった。今はポップスでも教室に入り、習った歌も校門から出て行くこともある。児童・生徒にはそれぞれ好きな歌手や歌がある。それを教室で学び、みんなと共有することに不思議な感覚を持つこともある。また一方的に勉強させられる歌に共感を持つことも大変だ。

 学習指導要領があり、何をどう教えるか決められている。それに合った教材はなかなか無い。畢竟、編集部員がペンネームで狙いにあった歌をつくることにもなる。それを「猫なで声でつくるのではなく」と私が評してヒンシュクを買ったことがあった。

 もう学校で教わらなくても社会にはひとそれぞれが愛する音楽があるからいらないのではないか、と平気で言う学識経験者がいる。音楽の大切さは誰もが知っているから、わざわざ教室で学ばなくても、という意見だが、学校で取り上げる学習という概念とシステムを忘れるとどうなるかを、私たちは知らなければいけない。

 いい歌は校門の内外に多数ある。出入り自由だ。社会でヒットするかだけでなく、どんなハンディがあっても自分たちでつくった音楽が校門を行き来するようにもなると、生きた音楽の社会との交流にもなって行くと思う。

根性練習

 昔ほどではなくなったが、学校の音楽クラブで今でも良く見かける光景がある。合唱クラブにもあるが、ブラスバンドの練習風景に多い・・・指導者登場の「起立・礼」から始まり、小気味好い体育会系の応答。そして演奏に。次第に出てくる指導者の注文。今の音は何だ!心がこもってない!もっと歌うように弾け。返事(の声)が小さい!「ハイ!」。どうしたら心がこもった演奏になるか、どう歌うのがいいのか技術的な説明がない。「気合いを入れている」と豪語するひともいれば、ペナルティーで「グランド1周(10周)」、ウサギ飛び何回か、なんて体罰まであった。

 ピッチから、合わせるポイントから、響きあう術から決めていく。機械とニラメッコし、先輩の顔色を伺う、仲間に嫌われないいい子になって、その間隙(感激求めて)をぬって「でも綺麗になりたい」想いで一杯になる。結果、「あなたがたが他の人びとより美しかったわよ<金!>」と言われて狂喜する。

 ここにコミュニティがあり、人格が磨かれていくスペースにもなっている。そしてここでの揺籃期が日本の音楽文化を支えていく現実もある。素晴らしくリアリティのある感動を伴う活動だが、音楽はワクにはまらない危ない創造性を見失うことがある。精神論、根性論も必要だろうが、論理的に説明できるところと、理屈を超えた領域に自己の可能性があって、それらとの共有がいつも問われていると私は思っている。

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